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주일말씀 |
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작성일 : 14-10-07 22:00
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2014년 10월 05일 동경만나교회 창립7주년 예배
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글쓴이 :
동경만나교…
 조회 : 32,320  추천 : 0
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20141005 타지마미노루목사님 설교.doc (30.0K) [3] DATE : 2014-10-07 22:00:08 |
오늘은 동경만나교회 창립7주년 감사예배로 드립니다.
특별히 하나님의가족 예수그리스도교회 담임목사이신 타지마미노루목사님이 말씀을 전해주셨습니다.
メッセージタイトル「祝福の原点」
創世記1章28節
神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」
この御言葉は、「文化命令」とも呼ばれ、神様が天地創造を終えた後に、人間があらゆる被造物を用いて、神の国の文化をもたらし、地上に増え広がって満たすように命令されました。31節にある、天地創造の時の「それは非常に良かった」という状態が、全世界に広がることを期待し、神と人とが神の国を建設する共同作業なのです。
この28節で「神は彼らを祝福された」という祝福は、聖書で初めて出てくる言葉です。いわば、この28節は祝福の原点であると言えるでしょう。では、この祝福について、考えてみましょう。
一つ目は、祝福の「内容」についてです。私たちが「祝福」と言う時に、何かが達成したときとか、心の問題が解決したときとか、経済的な豊かさを増したときに「祝福」という言葉を使います。しかし、この28節を見る限り、天地創造の業は終わっていますが、人間が何かを達成しているのではなく、豊かさを増し加えられているのではありません。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」という、私たちに命じている言葉が、祝福となっています。
ここで見る祝福とは、神様が私たちに与えている「使命」であります。すなわち、私たちがこの使命に忠実に歩むとき、神様はもっと私たちを用いてくださいます。もっと使命を与えてくださいます。使命を与えるために、必要なものをすべて用意してくださいます。マタイ6章33節「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」とあるとおりです。成功を収めることや経済的に豊かになることは、祝福の副産物であって、祝福の本質ではありません。
二つ目は、祝福の「方法」についてです。神様がどのように祝福されたのでしょうか?私たちの頭に手を置いて祝福されたのでしょうか?拍手をしてくださって祝福されたのでしょうか?いいえ、言葉によって祝福してくださいました。すなわち、みことばによる祝福です。このことから、神様からの祝福は、みことばから生じることがわかります。これは聖書の原則でもあります。
では、私たちはみことばの祝福をどのように受けるのでしょう。信じて従った時に受けられます。これも聖書の原則です。
三つ目は、祝福の「時」についてです。祝福された「時」はいつでしょうか?それは、語られたことがまだ起こっていない時に、神様は人間に祝福を与えてくださいました。いわば、宣言が先であり、祝福を体験するのは後なのです。これは、信仰と深く関わっています。ヘブル人への手紙11章1節「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」この後に旧約聖書の人たちの信仰について記されていますが、彼らはまだ起こっていない神様の約束を信じて、その祝福を後に得たのです。
このように、祝福の内容は使命であり、祝福はみことばによって約束されており、祝福はまだ起こっていないことを信仰によって確実となっているのですが、これらのことを阻むものがあります。御察しだと思いますが、それは「罪」です。皆さんは、創世記11章にあるバベルの塔の物語をご存じだと思います。バベルの塔の物語で、問題となる原因の一つとして、人々が一箇所に集まることでした。そのことは、創世記1章28節の「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。」という命令に反していると言われ、罪の象徴として扱われます。
罪は呪いとなって、人間は死ぬものとなり、地に荒廃をもたらし、非常に良かった世界は変わってしまいました。
この罪の荒廃から回復してくださった方がいます。教会の頭であるイエス・キリストです。罪と死からの回復は、祝福の回復でもあります。となれば、創世記1章28節の「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。」の祝福は、信仰者にとってどのようなものなのでしょうか?子どもをたくさん産むことですか?地を従える支配者になることですか?
いいえ、イエス様は十字架と復活により、私たちに完全な救いを示された後に、こう言われました。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。(マルコ16章15節)」このみことばを「大宣教命令」と言います。先の創世記1章28節の「文化命令」の言葉と異なりますが、趣旨は一致しています。非常に良かったという状態が世界に広まるためには、罪が取り除かれなければなりません。また、神の国の建設は、神様と人間との共同作業ですから、神様が私たちと共におられなければなりません。このことを実現させるのは福音宣教であり、宣教は私たちの使命であります。
すなわち、十字架と復活によって回復されている現代においての祝福とは、福音宣教のことであり、福音宣教の使命を全うするときに、主の祝福が現実のものとなってきます。
Ⅰコリント9章23節「私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためです。」Ⅱコリント9章8節「神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です」
神様は、皆さんが教会の内外で用いられるために、あらゆる祝福を用意されています。皆さんがその祝福を受け取ったら、さらなる祝福があるために、いただいた祝福を使命のために用いることです。これが幸せな生き方なのです。
皆さん、ぜひ伝道をしてみてください。人々が福音を信じて救われるのを味わったら、この喜びは他のものと比較になりません。牧師は、そういう意味で、もっとも幸せな職業と言えます。もちろん悩みも多いですが、私が神様から用いられている実感があるからです。
世の中では、お金持ちになることや素敵な人と結婚することが幸せだと思い込んでいます。このことを全く否定しませんが、私たち人間はそのように造られたのではありません。祝福を受けるために造られたのです。祝福こそ私たちの幸せです。皆さんの上に、神様の祝福がありますように祈っています。God bless you!!
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