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주일말씀 |
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작성일 : 14-10-12 14:53
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2014년10월12일 마흔한번째주일 말씀-송병찬목사
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글쓴이 :
동경만나교…
 조회 : 10,472  추천 : 0
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聖書:コリントⅠ1章13~31節
題目:十字架は信仰者には神の力
説教者:宋 炳讃
創造主の神は愛の神様であります。そして一人子イエスキリストの十字架によって神の力と知恵を与えて下さり、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。(ローマ1:17)
本日の本文の著者パウロは神の福音、即ちイエス・キリストの福音を宣教目的のために選ばれ、パウロの熱心な伝道によって生まれたのがコリントの教会でした。しかしコリント教会は、色々な問題を抱えている教会でありました。(下記の※の内容参照) それでもパウロは、コリント教会を、「神の教会」と呼び、慰め、勧告、戒め、福音を宣べ伝えるように手紙を書いたのです。
●コリント教会の概要
※ 使徒 パウロがAD53〜55年にかけて、ギリシャのコリントの教会で、第3次宣教旅行中に小アジアのエフェソスで書いた手紙です
AD49〜52年にかけての第2次宣教旅行教会を設立した。(50年頃) ギリシャ本土とペロポネソス半島を接続する幅約6 kmの地峡に位置しているので、古代の交通の要所として栄えて、同時に官能的な都市としても有名であった。パウロの時代にはローマ帝国のアカイア州の主要都市として人口50万人を超える対象アップ都市だった。
◆1章~4章:深刻な分裂 ◆5章~6章:不道徳について改めるよう忠告
◆7章:結婚 ◆8章~10章:偶像に対して警戒
◆11章~14章:礼拝の意味と姿勢(教会生活) ◆15章~16章:死者の復活
信仰者にはただキリストのみ(13~16節)
人がイエス・キリストの教えに従う弟子になることを決める時、バプテスマを受けます。 これは神によって定められたイエス・キリストへの信仰告白を神に示しています。バプテスマによって人はイエスと共に死に、自分自身の罪も死にます。そして、神の力によってイエスと共に復活します。そして、キリストを身に着たものとして信仰者となるのです。しかし、本文のコリントの教会では不和、分裂がおこり、アポロ派、ペトロ(ケファ)派、パウロ派と分裂し互いに争っていました。パウロはキリスト者が同じ洗礼を受けていながら分裂してはならないと手紙を書き、キリストは弱者、抑圧された者、無知な者、差別されている者を救いに招いておられたように、世の権力や知識によるものではなく、キリストの福音を中心にして信仰者になりなさいと。
キリストの十字架・バプテスマは一つです。
信仰者にはキリストの十字架は福音(17節)
神に選ばれたパウロ、自分には福音宣教の果たすべき責任があると言っています。世の罪人に救いを与えることができるということです。その人の罪を贖い、赦し、聖めてくださる力が神にはあるというのです。これが神の恵みです。そしてその恵みは福音の中にあり、即ちキリストの十字架の道でもあります。
キリストの十字架の道は信仰者に神の力・知恵(18・24節)
私たちが信仰者として成長するために聞くべき知恵の言葉は、この世の知恵ではありません。このことは私たちがよく心に留めておかなければなりません。もしも信仰者が力や権力、富を誇る支配者たちと同じようなこの世の知恵を求める時、滅びの道を歩んでしまいます。キリストの救いから自ら離れてしまうのです。私たちには常にその誘惑があります。この世の知恵の方が魅力的に見えてしまうのです。しかしパウロは言います。わたしはあなたがたの信仰が成長するために必要なのはこの世の知恵ではない。神の知恵であると言います。
十字架の道は神の知恵と神の力になります。この世の知恵と力は罪の中で存在して神様を知ることはできなく、傲慢に溢れて正しい信仰者の道が判断できません。しかし、十字架の道は即ち神の力。そして罪人に救いを与えるキリストの福音です。
「罪人に購いとされ、救いを受ける私たちには神の知恵であり、神の力となります。」
まとめ
私たちは神によってイエス・キリストのうちにあるのです。キリストは私たちに神の知恵となり、義と聖めと購いとなられました。(30~31節)
つまり、神様の恵み、即ちキリストの福音をあたえてくださったことに対する感謝です。コリント教会は、色々な問題を抱えていましたが、神に愛され、一人でも多くの人に、キリストの福音を宣べ伝えることができたことです。
さらに、人・教会に問題があるかないかより大切なことは。その人のうちにキリストの信仰があるかどうかです。問われているのです。地の果てのまで福音者となり、感謝と喜びを持って述べ伝えるものになりましょう。
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